CHAI WORKS

黒執事二次創作サイト。チャールズ・グレイ、エリザベス、劉など。

【黒執事】チャールズ・グレイ×エリザベスSS

Charles Grey & Elizabeth in a rose garden

兄シエルが帰ってきて弟シエルがお尋ね者になった頃の話。兄シエルとエリザベスは女王陛下に謁見することに。グレイとエリザベスは何度か話したことがあるくらいの関係。


 

エリザベスはシエルと共にバッキンガム宮殿の入口にいた。シエルは高揚した表情でエリザベスに語りかけた。
「ありがとう、エリザベス。こうして女王陛下にお会いすることができるようになったのも君のおかげだ」
「あたしは何もしてないわ。でもシエルが元気になって本当によかった」
幼い頃から憧れの的だったヴィクトリア女王への謁見を初めて果たした直後だというのに、エリザベスの気分は浮かなかった。今あるのは滞りなく義務を果たしたという安堵感だけだった。以前の何も知らない自分だったら、無邪気に大喜びしてはしゃいでいただろう。それも大好きな婚約者と一緒とあっては。だが今はとてもそんな気分にはなれなかった。もう二度とそんな自分には戻れないかも知れない、とさえエリザベスは思った。しかしシエルには何も言わなかった。彼は初めての謁見に終始緊張していたが、それを終えた今は晴れ晴れとした顔つきだった。

 

「これからは弟に代わり僕が女王の番犬としてお仕えさせて頂きます」
謁見の際にシエルが女王に告げた言葉を先ほどからエリザベスは反芻していた。そう、今までは彼が女王の番犬であり、シエル・ファントムハイヴ伯爵だった。その彼は全てを失い、お尋ね者になって行方をくらましてしまった。今頃どうしているだろう。自分は結果的に彼を警察に突き出すようなことをしてしまった。それは正しかったのだろうか。なぜ彼はずっと嘘をついていたのだろう。彼がいなくなってからずっとそのことばかり考えている。シエルにその話をしたこともあったが、シエルは不慣れな伯爵の仕事に忙殺されており、あまり真剣に取り合ってはくれなかった。

 

外に待たせていた馬車に乗って一緒にファントムハイヴ邸に戻る予定だったのが、シエルは別件があるからと言って何やら急いだ様子でもう一台の馬車に乗り去って行った。送れなくて申し訳ない、また今度食事でもしよう……と言い残して。エリザベスは驚いたものの、シエルがこのような少々奇妙とも言える行動を取ることは初めてではなかったので、慣れてしまっていた。シエルは行き先も告げず急にどこかに出かけて行くことが時々あった。どこで何をしているのか、エリザベスは知らない。聞くことができなかった。聞いてはいけないことのような気がして。

 

一人残されたエリザベスが馬車に乗ろうとした時、後ろから聞き覚えのある声がした。
「あれ、伯爵は?」
振り返ると女王の執事のチャールズ・グレイが立っていた。珍しく隣にフィップスがいない。
「シエルは用があるからって、今別れたの」
「渡しそびれた書類があって追いかけてきたんだけどさ。まあいいや郵送するから」
そこではたと気付いたようにグレイは眉根を上げた。
「君は置いてかれちゃったわけ?」
からかうような口調にエリザベスは顔が火照るのを感じた。
「兄弟揃っていけ好かないガキだねえ」
グレイはどこか意地の悪い笑みを浮かべて尋ねる。
「本物の伯爵が帰ってきて満足?」
「え?」
「婚約者だと思っていた男が実は偽物で、突然帰ってきた本物に鞍替えして女王陛下に謁見する女性の心理はなかなか興味深いよ」
エリザベスは怒りに震えた。この男は自分を侮辱している。何の関係もない人間になぜそんなことを言われなければならないのか。
「何でそんなこと言うの?」
「別に。ちょっと聞いてみただけだよ」
「何も知らないくせに……」
大きなエメラルドグリーンの瞳から思わず涙が零れた。
「じゃあどうすればよかったの。あたしには誰が本当のことを言ってるのかも、何が正しいのかもわからないのよ」
そんな泣き言を彼に言うのも馬鹿げたことだった。しかし感情が爆発し、言わずにはいられなかったのだ。涙を拭って自分を抑えようとするものの、うまく行かない。
「……ちょっと来て」
グレイは怒ったような表情でエリザベスの手を掴み、強引に彼女を引っ張って歩き出した。
「何なの。離してよ」
グレイは抗議を一切無視して歩き続ける。エリザベスは抵抗する気力もなくしてしまった。

 

二人は細い路地のようなところを抜けて小さな石造りのトンネルをくぐった。そこは王宮の敷地内の庭園で、周囲に人は誰もおらずひっそりとして、さしずめ秘密の花園のような趣の場所だった。規模は小さいながらも草花の咲き乱れる様子は美しく、特にバラの花が今を盛りと咲き誇っていた。エリザベスはその光景にしばし目を奪われ、涙を流すのも忘れてしまった。
「きれい」
「気分転換しに時々来るんだ。いつも人がいないからのんびりできる。フィップスもここのことは知らないじゃないかな、たぶん」
エリザベスはその箱庭を歩き回って周囲の草花を観察した。小さな蝶や蜜蜂が花の周りを飛んでいる。傾きかけた陽の光が美しく、穏やかな風が気持ちいい。考えてみれば、花をじっくり眺めたり匂いを嗅いだりするのも久しぶりのことだ。目を閉じて爽やかな空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

「あげる」
目を開けるとグレイが立っていた。彼は剣で切り取った一輪のピンクローズをエリザベスに差し出した。紫がかった淡いピンク色がとても上品で可愛らしかった。エリザベスは反射的に両手でそれを受け取った。
「もしかして、お詫びのつもり?」
「…棘で怪我しないでよ」
お礼を言うのは癪だったのでエリザベスは黙っていた。グレイは無表情だったが、何をするでもなく、エリザベスと付かず離れず庭園をゆったりと歩いていた。

「このピンクのバラ、本当にかわいい」
「そうだね」
「なんていう品種なのかしら」
「全然知らないな、花の名前なんて。庭師に聞いたらわかるかもしれないけど。でも一度もここで見たことないんだよね」
「誰もいないときに仕事をしているのかもね。早朝とか」
「そうかも」
「他の花も摘んでもいい?」
「どうぞ。誰も見てやしないさ」
エリザベスの機嫌が直ったようなのでグレイは内心胸を撫で下ろした。つい辛辣なことを言ってしまうのが自分の悪癖だということは自覚しているが、なかなか止められそうもない。

 

先ほどまで怒り心頭に発していた彼女は今はブーケ作りに熱中している。やっぱり子供だな、と思いつつ、それは辛い現実をしばし忘れるための手段のようでもあった。
特にやることもないグレイは両手を頭の後ろで重ねながらぶらぶらと散歩を続けた。白金色の穏やかな陽光が差す庭園は夢の中の楽園のようだった。遠い昔、幼かった頃に両親と三人でこんな風に花盛りの庭園に出かけたことがあったっけ、とグレイはふと古い記憶を思い出した。今日のようによく晴れた日だった。厳しい父もさすがにその時は剣の稽古のことなどを口にすることもなく、母はいつも通り優しく綺麗だった。何をしたのかはよく覚えていないが、とにかく楽しかった記憶がある。名家の跡取りとして武術から教養、礼儀作法まであらゆることを叩き込まれた子供時代の数少ない子供らしい思い出のひとつだ。


グレイの意識はまた現実に戻る。現実の世界では白いドレス姿の金髪の少女が地面に膝を付き草花を摘んでいる。遠くから眺めると彼女は花の精のように見える。非現実的だ。そんなことをつらつら考える自分をグレイは冷笑した。

 


二人とも白い服を着ていると結婚式場の新郎新婦みたいに見えますね。グレイくんがいじめっこから突然お花畑の王子様になってしまいお粗末様でした。

この二人はエリザベスの年齢がもうちょっと上だったら普通にお似合いだと思うんだよなー。