CHAI WORKS

黒執事二次創作サイト。チャールズ・グレイ、エリザベス、劉など。

【黒執事】The Hand② チャールズ・グレイ×エリザベスSS

グレイ×リジー、エロまでが長いSSその2。リジーが坊ちゃんとグレイの間で揺れる感じの話。グレイがロリコンになってしまうのでリジーは18歳くらいの設定。時期は坊ちゃんが〇〇〇に嵌められて逃亡中の頃。


 

「あの兄貴には気を許さない方がいい」
男の言葉がエリザベスの頭の中で何度も繰り返される。その度に彼のテノールの声、相手の心を見透かすような灰色の澄んだ瞳、端整だが傲岸な顔つきが思い出される。実際のところ、その言葉はエリザベスが以前から感じていたものの封じ込め続けてきた感情を浮き彫りにするものだった。

帰ってきたシエルへの違和感を彼女は今では明確に意識するようになった。具体的に何がおかしいと言えるものではない。単にこの数年間弟のことをシエルと思い込んでいたため、同じ顔をした彼との違いに戸惑っているだけなのかもしれない。エリザベスに対してシエルはいつでも優しく紳士的だ。そして朗らかによく笑う。しかし使用人や身分の低い人間に対しては非常に冷淡で容赦ない態度を取ることがあり、その落差にエリザベスは驚いた。だがそれも貴族には特段珍しいことではなく、ひとつひとつの言動が特段目に付くということはない。何かを自分に隠し、悪事に手を染めているのではないかという疑いもあるが、女王の番犬という立場を考えるとそれも不自然なことではなかった。そういったこととは無関係に、ただ漠然とした違和感を感じるのだ。それは本能的な直感だった。


グレイ伯爵はシエルに何らかの、恐らく法的な意味での嫌疑をかけていてあのようなことを言ったのだろう。だがエリザベスには自分のシエルに対する違和感が、おかしな言い方だが承認されたような気がした。だからといって気が休まるはずもない。ただ強く思ったのは真相を知りたいということだった。いなくなってしまった彼ともう一度会い、三年前に一体何があったのか話してほしい。

 

だが彼が行方知れずになった今、それは叶わない。今自分にできることは何なのだろうと考え、何もできない無力さに打ちひしがれる。そんな時ふとチャールズ・グレイのことを考える。彼は何かを知っているのではないか。少なくとも、女王の執事という立場上、自分より遥かに多くの情報を得ていることは間違いない。しかし彼は「それ以上は言えない」と言った。尋ねても絶対に口を割らないだろうことは容易に想像できる。それはグレイに比べればいくらか親交のあるフィップスにしても同じことだ。

 

そうしてグレイにもフィップスにも連絡する踏ん切りがつかないまま、刺繍の会からひと月が経った。エリザベスは忙しい様子のシエルと二回ほど会い、空いている時間はもっぱら図書館に行って過ごした。その間、フィップスからエリザベスを案じる短い手紙が送られてきた。「グレイも君のことを心配していました」とそこには書かれてあった。あの二人は本当に一蓮托生という感じがする。エリザベスはファントムハイヴの件に関して自分にできることなら何でも協力すること、何かわかったらすぐ知らせてほしいこと、そして「今度はお菓子を作る会をしましょう」と書いて返した。

 

***

 

どんよりと曇った金曜の夕方、グレイはひとり国立図書館で本の山を抱えながら閲覧室を見回していた。女王陛下からバロック音楽とオペラに関する資料を適当に見繕って借りてくるよう命を仰せ付かったためだ。というのも近々宮殿で比較的規模の大きい音楽会が予定されており、新しく出版された書籍も含めて改めて復習がしたいから、とのことだった。そのお遣いが終われば今日の任務は終了で、書籍を女王に渡すのは急がないとも言われているため、グレイはその足で久々に街に出ようと私服に着替えて来ていた。さすがに街中であの全身白の燕尾服を着て行動するのは目立ち過ぎるし、危険でもある。

 

空席を探していると、華やかな金髪が目に留まった。ただでさえ男が多い図書館で女性が一人で本を読んでいるのは目立つ。近付いてみてその横顔がエリザベス・ミッドフォードのものであることを認識したとき、不覚にも自分の胸が弾んでいることに気付きグレイは戸惑った。だがとにかく彼女のところに真っすぐ進む。彼女は何やら熱心に分厚い本に目を落としている。ゆるいカールのかかった長い髪をハーフアップにし、白のシンプルなドレスがよく似合っている。

「こんなところで何やってんの?」
聞き覚えのある声にエリザベスが顔を上げると、チャールズ・グレイが何冊もの本を両手に抱えて立っていた。いつもの白い燕尾服ではなく、ベージュに格子模様の入ったスーツを着ている。
「目がまん丸になってる」
驚く彼女を見てグレイは面白そうに笑う。エリザベスは平静を取り戻そうと咳払いをした。

「ちょっと調べ物を。あなたは?」
「女王陛下のお遣いでね」
そう言って最初から待ち合わせでもしていたかのような自然さでエリザベスの正面の席に腰を下ろす。グレイはエリザベスの目の前に積まれた本をしげしげと眺めて眉根を上げた。
「君、医学書なんか読めるの?医者にでもなるつもり?」
それとも、と彼は続ける。
「婚約者のため?」
図星だった。エリザベスは何も言えず固まってしまったが、グレイはさして興味もなさそうに目を逸らし、ポケットから手帳とペンを取り出して何やら作業を始めた。
「まったく執事の仕事は雑用が多くて嫌になるよ」
「……」

そこで会話は終了し、二人は無言のままそれぞれの読書を続けた。エリザベスが医学書や輸血に関する専門書などを読んでいるのは、未だに体調が万全ではないシエルの身を案じてのことだった。シエルは自分の病状について多くを語ろうとはしなかったが。それにファントムハイヴ邸から大量の血液の瓶が押収された件やスフィア・ミュージックホールで秘密裏に行われていた血液の採取のこともずっと気に掛かっていた。
しかし当然ながら、書物を読んだからといって直ちに有力な手掛かりが得られるということはない。その上、エリザベスは目の前の男に何となく見られているような気がしてあまり集中できなかった。まさかとは思うが、彼はシエルのことを探るために自分を尾行しているのでは?という空想に近い考えが浮かんだ。そうであったとしても臆することはない、何も疚しいことはしていないのだから、と自分に言い聞かせる。

 

チャールズ・グレイと二人きりで会ったのはこれが初めてだ。何度か話したことはあるものの、グレイがどういう人物なのかエリザベスには未だ計りかねるところがあった。勝手気ままに見えて彼は他人に容易に心を許さない。数少ない例外がチャールズ・フィップスのようだった。人形のように綺麗な顔をして歯に衣着せぬ物言いをする。そして猛烈な負けず嫌いである……わかっているのはそれくらいだった。他人を心に容れない頑なさはどこかシエルに似ている、とエリザベスは思った。いや、シエルの振りをしていた「彼」にだ。

 

落ち着きを取り戻すと、ここで彼にばったり会ったのは思いがけないチャンスかもしれないとエリザベスは考えるようになった。この偶然を何かしらの「収穫」に繋げたい。うまく話を引き出すのだ。しかしこの抜け目のなさそうな男相手にそんなことができるだろうか。とにかく今は様子を見るしかない……

 

ぐうううう。

エリザベスの思考は空腹を訴える大きな音によって遮られた。グレイは不機嫌そうに唇を尖らせて胃のあたりに手を当てた。

「おなかすいたな」
その間の抜けたタイミングにエリザベスの顔から自然と笑みが零れた。グレイが開いている本のページの肖像画が不意に目に留まり、
シューベルトだわ」
「今度宮殿で音楽会があってさ。資料を集めてこいって頼まれちゃって」
「素敵ね。いいなあ……あたしもシューベルトは大好き」
「ボクも好きだな」
「本当?特にピアノが好きでね、時々練習してるんだけど難しいわ」
「ピアノだったらリストもいいけど」

それから二人はしばし音楽談義に花を咲かせた。グレイはふと思いついたように、
「ねえ、ごはん食べに行かない?君さっきから全然ページ進んでないし」

無頓着なようでいてやはりこの人は相手を鋭く観察している…と思いつつ、エリザベスも空腹だったので彼に従うことにした。それに食事をしながら何かシエルに関する話を聞き出せるかもしれない。

「いいわ、行きましょう」

  


音楽は完全に私の趣味ですすみません、が、オスカー・ワイルドの『ドリアン・グレイの肖像』でドリアンがシューベルト好きのようだったので入れてみました。