CHAI WORKS

黒執事二次創作サイト。チャールズ・グレイ、エリザベス、劉など。

【黒執事】The Hand① チャールズ・グレイ×エリザベスSS

グレイ×リジー、エロまでが長いSS。リジーが坊ちゃんとグレイの間で揺れる感じの話。リジーが18歳くらいだったらこういうのもありかなーと。時期は坊ちゃんが〇〇〇に嵌められて逃亡中の頃。


 

午後二時半。グレイとフィップス、そしてエリザベスの三人は窓から陽光の差し込む明るい部屋で黙々と刺繍に勤しんでいた。煮詰まったグレイはふと顔を上げてフィップスとエリザベスの様子を観察する。
(随分真剣にやってるなー二人とも……)
退屈だなあ。ボクこういう細かい作業キライなんだよね。
一向に変わり映えしない目の前の布切れを見つめているとつい溜め息が出てしまう。

 

事の発端は数日前、フィップスがエリザベスを「刺繍の会」に招待したことだった。会といっても参加者はフィップス、グレイ、エリザベス、彼女のメイドのポーラの四人だけなのだが。しかもポーラは当日急用が入り、三人になってしまった。元々フィップスとエリザベスは裁縫や料理などの趣味が合い、時折手紙のやり取りなどをすることがあった。エリザベスは今回の招待を快諾し、フィップスの私室を訪れた。


問題は刺繍になどまるで興味がないグレイである。紅茶を入れ、お菓子を囲みつつ三人がテーブルに着いてからもグレイは会の主旨を覆そうとしていた。
「ねえ、どうせ作るんなら食べられる料理にしない?」
「じゃあたまにはお前が作ってご馳走してくれ。俺と彼女はここで刺繍してるから」
「じゃあボクも刺繍する」
「……」

 

そう言って始めてはみたものの、30分でグレイは我慢の限界に達し、一時間もすると完全に集中の糸が切れてしまった。はー、と大袈裟に声を漏らす。
「二人ともよくこんなチマチマした作業やってられるね。尊敬するよ」
フィップスとエリザベスは相変わらず針仕事に没頭している。
「おなかすいたなー」
テーブルに突っ伏し、上目遣いにフィップスを見やりながらグレイはぼやく。
「集中したら甘いものが食べたくなってきちゃった。パンケーキとか」
無視を決め込むフィップスに対し、グレイはエリザベスを巻き込む作戦に出た。
「君も食べたいよね?パンケーキ」
「え……そうね」
フィップスは小さく溜め息をつくと無言で立ち上がり、キッチンに向かった。

作戦成功、と思いつつグレイはエリザベスの手元を覗き込む。
「だいぶ進んだね」
「なんだか今日はすごく集中しちゃったわ」
小さい手だな、と思う。白くてほっそりとして、とても剣技などやるようには見えない。
グレイはその手が白いハンカチに細かい花模様を縫い付けていくのを暫しぼうっと眺めていた。
見られていることに気付いたエリザベスが顔を赤らめる。
「な、なぁに」
「いや、別に……器用なもんだなと思って」
「子供の頃からやってるから。でもさすがに疲れたわね」
伸びをするエリザベスの空いたカップに紅茶のお代わりを注いでやる。

 

その後フィップスが焼いたパンケーキを食べながら三人は休憩を取った。今日のパンケーキは耳がついたクマの形になっており、ご丁寧に顔の模様まで付いている。エリザベスは歓声を上げた。
「かわいいー!フィップスさんって本当に器用ね」
「今日は特別だ」
「まあボクは味がよければ何でもいいけど。いただきまーす」
十段ほどに重なったクマ型パンケーキをおいしそうに平らげてから、グレイはエリザベスに尋ねた。
「ところで、ファントムハイヴ伯爵は最近どうしてるの?」
ケーキにナイフを入れていたエリザベスの表情が一気に強張る。
「シエルは……伯爵の仕事でとても忙しそうにしてるわ。あまり会ってない」
「驚いたよ、まさか弟が兄貴に成りすましてたなんて」
「しかし何故わざわざそんなことを……」
「わからない」
「君はスフィア・ミュージックホールで本物の伯爵に再会したわけ?」
グレイのいつもの単刀直入な物言いをフィップスはすかさずフォローした。
「尋問しているようですまない。ただこの件に関しては我々も情報不足で、些細なことでもいいから知っていることがあったら教えてほしいんだ」

エリザベスは事のあらましを二人に説明した。
スフィア・ミュージックホールで死んだはずのシエルに再会したこと。シエルが家に戻れるようになるまでそばにいたこと。シエルがファントムハイヴ邸に戻ると弟と対峙し、ミュージックホールでの事件の容疑者である彼は警察に連行されたのち行方をくらましたこと。

ひととおり話し終えると、グレイはなぜか楽しそうに笑い出した。
「しかしそこで家出までするとは君も大胆だね。侯爵家のお嬢様が」
一方でエリザベスの表情は硬かった。
「あたしも何が本当のことなのかわからないの。彼はどうしてずっと嘘をついていたのか、どうしてミュージックホールで血液なんか集める必要があったのか、シエルは今までどこで何をしていたのか……」
エリザベスは答えと救いを求めているようだった。だが確定的なことがない現時点で二人が彼女に教えられることは何もなかった。

フィップスが言葉を選んでいると、先に口を開いたのはグレイだった。
「ボクから言えるのは、あんまりあの兄貴に気を許さない方がいいってことだね」
「どういう意味?」
「そのままの意味だよ。それ以上は言えない」
エリザベスはまだ何か言いたそうにしていたが、渋々口を噤んだ。


日が落ち、来た時よりも暗い表情でエリザベスが帰って行った後、グレイはフィップスが入れ直した紅茶を飲みながら思い出したように不平を漏らした。
「お前がなかなか切り出さないからボクが聞くはめになったじゃん」
「随分落ち込んでるようだったから、言い出せなかったんだ」
「ふつうに刺繍楽しんじゃってさ、ったく。まあ結局、ファントムハイヴの入れ替わりの件については本当に何も知らなかったみたいだけど」
「ああ。スフィア・ミュージックホールで兄の方と再会して初めて知ったらしい」
「ま、あれだけ瓜二つだったら気付かないよねえ」
フィップスがこのタイミングでエリザベスを招待したのは、シエル・ファントムハイヴの婚約者である彼女に今回の事件について探りを入れるよう女王から促されたからでもあった。しかし気丈に振舞ってはいるものの普段の明るさを失い塞ぎ込んだ様子の彼女を前に、なかなか本題に入ることができなかったのだ。案の定、一連の会話は彼女の混乱と当惑を更に強めてしまったようだった。

「確かに元気がなかったね」
紅茶のカップに目線を落としたままグレイがぽつりと呟く。
「気になるのか?彼女のこと」
「別に。いつもうるさいのに静かだなと思っただけ」
「お前がああいう忠告をするとは意外だった」
「忠告?」
「ファントムハイヴ伯爵に気を許すなと」
「だってどう考えても怪しいじゃん。おかしなことが多すぎるよあの家は。なのに随分入れ込んでるみたいだからさ」
「生まれた時からの許嫁だからだろう」
「許嫁ね……」
フィップスの肩に乗る雌鶏を見ながら、鳥の刷り込みのようだ、とグレイは思う。生まれて初めて見たものを親だと思い込み、決して離れようとしない。だがエリザベスの場合、「愛」を刷り込まれたその許嫁は中身が入れ替わっていた。普通ではありえない状況だ。彼女が途方に暮れるのも当然だろう。

 

その日の夜、グレイは何故かなかなか寝付けずベッドの中で何度も寝返りを打っていた。昼に見たエリザベスの悲しげな表情がふと蘇った。日頃、他人の感情などをいちいち斟酌しないグレイだが、その表情は何か心に引っかかった。その日は夜更けまで彼女を取り巻く奇怪な状況と彼女の心境について、取りとめもない考えが浮かんでは消えて行った。

 

つづく