CHAI WORKS

黒執事二次創作サイト。チャールズ・グレイ、エリザベス、劉など。

【黒執事】The Hand③ チャールズ・グレイ×エリザベスSS

 グレイ×リジーSSその3。二人でお食事、からの~?回。笑い上戸リジー


 

  二人は図書館の近くにあるクラブハウスのレストランで夕食を取ることにした。エリザベスは知らなかったが料理がおいしく、グレイは時々来るらしい。グレイは例によってコース料理に加えて給仕が覚えきれない量のメニューを淡々と注文し、二人のテーブルは数多の皿で埋め尽くされた。
「そ、そんなに食べるの?」
「これくらい食べないと朝までもたないもん」
これだけ食べてそんなに細いなんてずるい、とエリザベスは妬ましく思った。

チャールズの健啖家ぶりは見ていて気持ちがいいほどだった。皿の上の料理を次から次へと、とてもおいしそうに平らげる。食事をすることが楽しくてたまらないというように。がつがつと食べているのに少しも下品に見えないところが不思議だ。最近あまり食欲がなかったエリザベスもその様子を見ていて少し食が進んだ。
「君、痩せたよね?これおいしいから食べれば」
グレイはミートパイの乗った皿をエリザベスの方に寄せる。
「そうね…ありがとう」

 

食事の合間に他愛もない会話をした。最近読んで面白かった本の話。フィップスや王宮の人々の近況。

家族や友人はみな事情を知ってエリザベスのことを案じてくれる。特に両親や兄が心配してくれていることは痛いほどよくわかっている。だからこそエリザベスは彼らの前では努めて明るく振舞うようにしてきた。しかしそれが時々苦しく、今日のように一人でどこかに逃げ込みたくなる。だがグレイには腫れ物に触るような様子が少しもなかった。彼は少なくとも表面上、よく言えば天真爛漫で、悪く言えば傍若無人で、要するに淡々としていた。それが今の彼女にはありがたかった。エリザベスはごく自然に談笑している自分にふと気付いた。

 

ワインやビールを水のように飲むグレイにつられ、エリザベスも普段はあまり飲まないワインを注文した。グレイが好んで飲んでいるのと同じものだ。二杯目にもなると、エリザベスはもうグレイからうまく情報を引き出すという目的についてはほとんど考えられなくなっていた。こんなに楽しい気持ちは何か月ぶりだろう。世界がまるで違って見える。エリザベスは突如訪れた幸福感に酔っていた。グレイはそんな彼女を驚いたように、面白そうに眺めていた。この子はやっぱり笑ってる方がいいな、と思いながら。

「そこでね、ポーラが転んじゃったの。それであたしが助けようとしたら、あたしも転んじゃったの。二人ともおかしくって、しばらくその場で笑い続けて立ち上がれなかった」
「君がそんなに笑うの、久しぶりに見た気がするよ」
おかしくてたまらないとばかりに笑い続けるエリザベスにつられてグレイも破顔した。今度はウィスキーのグラスを左手で揺らしている。
「なんだか今日は楽しいわ。でも、こんなに酔っぱらったらお母様に叱られちゃう」
「厳しそうだからな、君のお母さんは」
「そうね。あたしのために言ってくれてることはわかってるの。でもたまには息抜きがしたいわ」
「図書館は息抜きには向かないよ」
「他に行くところが思いつかなかったの」
「ファントムハイヴのところにでも行ったらいいんじゃないの?」
グラスに目線を落とし、グレイは素っ気ない口調で言い放つ。エリザベスはどこかとろんとした目でグレイをじっと見つめた。
「あなたがシエルに気を許すなって言ったんじゃないの」
グレイはおかしそうに笑い出した。
「そういえばそうだった。でも会うなとまでは言ってないよ」
「ねえ、それってどういう意味だったの?」
結局は直球で疑問をぶつけるしかなかった。元々エリザベスは駆け引きをして相手を思い通りに動かすようなことは苦手だった。案の定グレイは苦笑していた。
「だから、そのままの意味だってば」
「どうして?シエルが何か悪いことしてるから?あたし間違ってたの?彼を追い出すようなことして…」
「君は間違ってないよ。もう何も考えないで、そうやって笑ってなよ。ボクらが全部解決してあげるから」
「でも……だって、あたしシエルを守れるお嫁さんになろうって決めたんだもの」
物憂げに視線を彷徨わせながら、エリザベスは独り言のように呟いた。酔いのために子供のような口調になりながらも、その言葉には真摯な決意が滲んでいた。グレイは静かに彼女を見つめる。
「でも、本当のシエルはもうどこにもいないような気がする」
その瞳は相変わらず虚空を見つめている。グレイは居たたまれなさを感じながら尋ねた。
「どういう意味?」
エリザベスは答えなかった。

 

***

 

食事を終えて外に出ると、霧雨のような雨が降っていた。クラブに傘が一本しかなかったのでグレイが傘を持ち、エリザベスを入れてやった。酔い覚ましに少し歩きたいと彼女が言うので、足元は悪いがその通りにする。
「雨って、街灯の下から見ると光のシャワーみたいに見えるわね」
「ほんとだね。ま、ボクは雨は嫌いだけど…」
雨の中をこうして君と歩くのは悪くないけど、という言葉は当然飲み込んだ。

束の間の沈黙の後、グレイさん、とエリザベスは小さく彼の名前を呼んだ。
「今日は久しぶりに楽しかったわ。ごちそうまでしてもらって、本当にありがとう」
「どういたしまして。君の質問に答えてあげられないのは残念だけどね」
「残念ね。グレイさんは本当は優しい人なんだと思ってたのに」
「仕方ないでしょ?守秘義務ってやつがあるんだから」
ゆったりとした歩調で歩きながらグレイは再び口を開いた。
「そうだな……万が一、剣でボクに勝ったら考えてもいいけど」
まあそんなことはありえないけどね……そう軽口を叩こうとした時、エリザベスは不意に甘えるような、どこか寂しげな顔つきでグレイを見つめた。アルコールのためか大きなエメラルドグリーンの瞳は潤み、頬は上気して仄かに赤く染まっている。何かを悟ったようでもあり泣き出しそうにも見える危うげな表情に、グレイは思わず目を逸らすことができなくなった。グレイは立ち止まり、誘われるようにその滑らかな頬に手を添えた。
「そんな顔しないで」
言葉が零れ出す前に、グレイは薄く開かれた彼女の唇を自らの唇で塞いだ。抵抗されると思ったがエリザベスは身じろぎもしない。それをいいことにもう一度、更に深く口付ける。エリザベスは拒絶もしないが受け入れもせず、ただ身を固くして立ち尽くしている。グレイは彼女を抱き締め、何も言わずしばらくそうしていた。

エリザベスは不意の出来事に動けなくなったまま、グレイの腕の中で傘に打ち付ける雨の音と彼の心臓の鼓動だけを聞いていた。それは少し急いたような速さで規則的に脈打っている。そのうちに心が優しく満たされ落ち着いていくのを感じた。正体を偽り続けた彼がいなくなって以来、こんな安らぎを感じるのは初めてのことだった。ずっとこうしていたいと思ってしまう。目の前の男はシエルじゃないのに。もちろん彼でもない。

 

しかしグレイはゆっくりとエリザベスを離し、
「そろそろ帰ろうか。もう遅いし」
と歩き始める。グレイはいつもの涼しげな顔つきで、余計な感情を漏らさない。エリザベスは思わず言ってしまった。
「まだ帰りたくない」

激しさを増す雨音にかき消されそうなほど小さな声がグレイの耳に届く。
狭い傘の下で二人の視線が静かに絡み合った。